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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2761号 判決 1999年12月15日

控訴人

加藤嘉一

右控訴人代理人弁護士

黒川辰男

上田弘毅

被控訴人

アトラスこと武本興昌

右訴訟代理人弁護士

大原修二

内田憲宏

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人の被控訴人に対する主債務者を株式会社サン・フレーズとする平成九年一一月五日付け金銭消費貸借契約に基づく一〇〇〇万円の保証債務は、一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年三月三一日から支払済みまで年三割の割合による遅延損害金の支払債務を超えて存在しないことを確認する。

三  控訴人は、被控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年三月三一日から支払済みまで年三割の割合による金員を支払え。

四  控訴人のその余の請求及び被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人の被控訴人に対する主債務者を株式会社サン・フレーズとする平成九年一一月五日付け金銭消費貸借契約に基づく一〇〇〇万円の保証債務が存在しないことを確認する。

3  被控訴人の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要及び当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する(略称等についても、以下、原判決と同様とする。)。

第三  当裁判所の判断

一1  証拠(乙第一号証、当審証人中川新一の証言、原審における被控訴人本人尋問の結果)によれば、被控訴人の請求原因1の事実(但し、右一六五〇万円の消費貸借契約は、後記二に認定のとおり、準消費貸借契約である。)が認められる。

2  被控訴人の請求原因3の事実のうち、被控訴人が控訴人に対し、被控訴人主張の催告をしたことは、当事者間に争いがなく、証拠(当審証人中川新一の証言、原審における控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社が平成一〇年三月一六日取引停止処分を受けたことが認められる。

二  そこで、本件根保証契約の成否及びその効力について、以下判断する。

1  証拠(甲第一ないし六号証、第七号証の1、2、第八号証、第二九号証の1ないし3、第三一号証の1、2、第三二号証、乙第一ないし五号証、当審証人中川新一の証言、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一) 中川は、訴外会社の代表取締役としてケーキ製造業を営むとともに、平成三年一月頃、同社において横浜市内に店舗を借りて、レストラン「オリーブの木関内弁天通店」を開店した。

(二) その後、中川は、訴外会社の資金繰りに窮した結果、平成三年六月知人から紹介を受けた株式会社横浜デイリー(平成七年九月一日に株式会社デイネットに商号変更)から、金員を借り入れるようになった。横浜デイリーは、被控訴人が代表取締役として経営する金融業の会社であり、被控訴人は、このほか、アトラスの商号で個人の金融業を営んでいた。

(三) 横浜デイリーに対する返済方法が毎日の売上げのなかから日々返済するものであったため、中川は、被控訴人に長期の貸付けを相談した結果、同年一〇月頃以降、アトラスから返済期間を一か月以上とする貸付けを得るようになった。

(四) 中川は、平成八年になって、金融機関から低利の貸付けを得て、訴外会社のデイネット及びアトラスに対する借入債務を一旦完済したが、当時他の金融業者からの借入れが残っていたため、資金繰りに窮するところとなり、訴外会社は、同年一〇月一一日アトラスから七〇〇万円を再度借り入れるようになった(訴外会社は、これと同時に、デイネットからも、借入れを受けるようになった。)。

(五) 訴外会社は、アトラスから、更に、平成九年一月二三日二〇〇万円、同年五月一四日一〇〇万円を借り入れた。

(六) 中川は、同月中旬過ぎ頃、一〇〇万円の追加融資を更に申し込んだところ、被控訴人から、大手企業に勤務する者の保証があれば応じる旨回答を得、中学校時代の同級生で、中学校卒業後株式会社東芝に勤めていた控訴人に、電話で、一〇〇万円を一か月間借りるので保証人になって欲しいと申し入れた。これに対し、控訴人は、中川と中学校卒業後も家族ぐるみの親しい交際を続けていたことから、これを承諾した。当時、控訴人は、平成八年四月に合計四四五〇万円の住宅ローンを組んで肩書住所地のマンションを購入したばかりであり、高額の住宅ローン残債を有していた(控訴人の年収は、平成一〇年において税込みで約八〇〇万円であった。)。

(七) 控訴人は、平成九年五月二三日午後六時頃、約束の中川の前記店舗に実印を持参して赴き、同所において、中川から被控訴人の紹介を受けた。

(八) 控訴人は、被控訴人から、一〇〇万円についての金銭消費貸借契約証書(甲第一号証は、その写し。弁済期は、同年六月一五日、損害金年四割の約定であった。)及び根保証契約書(乙第二号証。表題に「根保証契約書」と大きく記載され、本文中に、金銭消費貸借取引・手形小切手取引等に基づいて訴外会社が控訴人に対し現在及び将来負担する債務一切について、控訴人が被控訴人に連帯保証すること、根保証期間が一〇年であることがそれぞれ記載されたうえ、根保証の元金極度額として一〇〇〇万円の数字がチェックライターで印字されていた。)を示され、控訴人は、前記のとおり、中川の依頼の内容から、同人が融資を受ける右一〇〇万円の連帯保証をするものと考えて、右各証書の記載内容をよく読まないまま、右各証書(右金銭消費貸借契約証書の借入金額欄には、中川が一〇〇万円と記入した。)の連帯保証人欄及び「写しを受領しました。」との連帯保証人欄にその場でそれぞれ署名押印した。その際、被控訴人は、控訴人に対し、当時、訴外会社が被控訴人から合計八〇〇万円を超える借入れをしていること、根保証の意味、根保証する金額が一〇〇〇万円であり、その期間が一〇年にも及ぶことなど契約書記載の内容について、口頭では特に説明をしなかった。控訴人は、それまで、他人の債務について根保証した経験はなく、根保証の意味内容も理解しておらず、また、控訴人は、右(六)のとおり、多額の住宅ローン債務を負ったばかりであったから、控訴人が被控訴人にする保証が限度額一〇〇〇万円の根保証であることを知ったならば、これに応じる意思は毛頭なかった。

(この点について、被控訴人は、原審における本人尋問において、一〇〇〇万円の範囲で根保証するものであること及び訴外会社には約六〇〇万円を既に貸し付けていることを控訴人に直接説明した旨供述する。しかしながら、当審証人中川新一の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果に照らすと、被控訴人の右供述は、採用することができない。)

(九) 当日、被控訴人から控訴人に、右各証書の写しや貸金業の規制等に関する法律一七条二項所定の書面は交付されなかった。また、控訴人は、当日は印鑑登録証明書を持参しておらず、後日、中川を介して被控訴人に届けることとなった。

(一〇) 以上の経過を経て、被控訴人は、同年五月二六日訴外会社に対し、一〇〇万円を貸し付けた。控訴人は、同月二七日付け印鑑登録証明書を中川を介して被控訴人に差し入れた。

(一一) 訴外会社は、同年七月一八日被控訴人から、更に二〇〇万円の追加融資を受けた(その際、被控訴人ないし中川は、控訴人に、その旨を告げなかった。)。

(一二) その後、中川は、従前の被控訴人からの借入れを一本化するとともに、約六〇〇万円余りの追加融資を受けることとし、平成九年一一月五日、訴外会社と被控訴人との間で、従前の債務とを合わせて一六五〇万円、利息年29.20パーセント、遅延損害金年40.004パーセント、弁済期同一一年一二月二六日とする金銭消費貸借契約証書(乙第一号証)を取り交わし、右(八)の金銭消費貸借契約証書の返却を受けた(その際にも、被控訴人ないし中川は、控訴人に、その旨を告げず、控訴人は、同月中旬頃、中川から、一〇〇万円は返済したとの報告を受けたのみであった。)。

(一三) その後、控訴人は、中川から呼び出され、平成一〇年三月八日訴外会社の工場に赴いたところ、訴外会社が翌日にも手形不渡りを出す状態にあることを知ると同時に、その場に集っていた訴外会社の保証人らから、控訴人も一〇〇〇万円の根保証を被控訴人にしていることを聞かされた。

(一四) 控訴人は、翌日、勤務先において、大学法学部を卒業した同僚から根保証に関する文献の写しを示され、根保証の意味内容を初めて知るに至った。

控訴人は、同日被控訴人に連絡を取り、被控訴人から前記根保証契約書の写しの送付を得た。

2  右認定の事実経過によれば、控訴人は、中川から依頼を受け、同人の営む訴外会社が被控訴人から融資を受けるについて保証することとし、前記のとおり、根保証契約書と表示された書面に署名及び押印したのであり、被控訴人との間で本件根保証契約を締結したものと認められる。

3  控訴人は右契約に錯誤があると主張するところ、右認定のとおり、控訴人は、訴外会社が被控訴人から借り受ける一〇〇万円について保証することを求められてこれに応じ、前記の経緯で署名及び押印したのである。控訴人が、就職以来、勤務先から毎月ほぼ一定額の給与(平成一〇年当時において年額約八〇〇万円)の支払を受ける生活をしてきたと推認されること、及び四〇〇〇万円を超える住宅ローンを負って一年を経たに過ぎない時期に中学校時代の友人中川の営む会社のために本件根保証契約を締結していることからすると、本件根保証契約が一〇〇〇万円の限度で、一〇年にもわたって訴外会社の債務を根保証するものであることを知っていれば、控訴人のみならず、通常人においても、本件根保証契約を締結することは到底しなかったものと認められる。よって、右契約のうち、一〇〇万円の範囲で連帯保証をすることを超える部分について、控訴人には、意思表示の要素の錯誤があったというべきで、本件根保証契約は、控訴人が被控訴人に対して一〇〇万円の連帯保証債務を負う限度において効力を有し、これを超える部分は、民法九五条により無効である。

4  前記認定のとおり、被控訴人は、平成九年五月、訴外会社に対して一〇〇万円の追加融資をするに当たり、大企業に勤務する者の保証が得られれば応じる意向を示している。右は、通常であれば、被控訴人においても、給与生活者は、住宅ローンを除いては、自ら一〇〇〇万円もの巨額の債務を負担するような経済活動をしないものであること(公知の事実と言って良い。)を十分に知った上で、現実に返済できる能力と一〇〇万円という融資額とを考慮した上で、収入の安定した者を保証人にすべきことを求める趣旨に出たものと推認されるところである。それにもかかわらず、前記認定のとおり、被控訴人は、控訴人に対し、本件根保証契約の締結の際、訴外会社が既に数百万円の債務を被控訴人に負っていること、控訴人がその後一〇年にわたり、最大一〇〇〇万円もの巨額について、訴外会社の被控訴人に対する債務を根保証することを内容とするものであり、右契約時に融資する一〇〇万円についてのみ保証債務を負うにとどまらないことを全く説明しておらず、根保証契約書の写しすら控訴人に交付していない。右事実は、被控訴人において、訴外会社に対する新たな融資を契機として、中川の営む事業上の融資について、控訴人の共同経営者に等しい債務を負わせようとの詐欺的意図すら窺うことができると言うべきである。右のような事情の下においては、錯誤についての控訴人の重大な過失についての主張(被控訴人は、当裁判所の錯誤の主張についての求釈明に対し、格別の主張はないという。)を論じるまでもないと解すべきである。

5  右によれば、控訴人は、被控訴人に対し、一〇〇万円の限度で保証債務を負うべきところ、前記認定のとおり、被控訴人と訴外会社との間に準消費貸借契約が締結されており、控訴人は、訴外会社の被控訴人に対する平成九年一一月五日金銭消費貸借契約に基づく一〇〇〇万円の債務についての保証債務中一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年三月三一日から支払済みまで利息制限法所定の制限利率内の年三割の割合による遅延損害金を支払う義務があり、右を超えては存在しない(控訴人は、保証した一〇〇万円が弁済されたと主張するが、これを認めるに足りず、かえって、左記に判示したとおり、一六五〇万円の準消費貸借契約に切り替わったと認められる。)。

三  以上によれば、控訴人の本訴請求及び被控訴人の反訴請求は、いずれも右二5の限度において理由があるが、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 岩田眞 裁判官 井口実)

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